ママの脳内

ただの日記、毒舌ブログ

自主性という言葉

自主性という言葉を使う教師が嫌いです。

そういうことを言う人間は結局のところ仕事の手を抜いている。言い訳にしている。

怠けていると私は解釈してます。

 

子供の自主性に任せます。

自由に考えて決めさせました。

それに責任を持ってもらいます。

 

アホかと。

 

積極的に出来る子もいるし、自己主張が得意な子もいる。

消極的な子にも上手く誘導して、達成感やできるを味合わせる。

そういうことをしないで、やりたいことをさせます。自分で決めさせます。

こういうことを言う。

指導不足、力量不足、やれる子にさせれば楽。

そういう風に保護者は判断します。

 

子供に気づかれないぐらいに上手く持っていく。勇気づける。それが出来て教師。

何を勘違いしてるんだか。

 

不登校児をどんどん社会が甘いように教える大人。

きちんとすることは美徳じゃないのですか?

いい加減にすることが正しいのですか?

そんなことを学校を休んでまで学ばせたいのですか?

自分で決めて納得しないと行動しない子って何?

指導者が本人が気づかないくらいさりげなく人間らしい生活に導いてあげなくて、何が指導者ですか。

それが腕の見せ所でしょ。

 

ほんとにゆとり世代は。

って言われて腹立つ人もいるかもしれませんが、ゆとり世代の中にもしっかりとした大人もいますが、考え方がどうなのかと思う人がいて。

頭ごなしに言ってもダメだとか気持ちに寄り添ってとか共感してとか私もわかってますよ。

そうじゃなくて、いい方向に導いてあげる力は必要です。

自分で出来ないからそうなってるんです。

 

指導者も楽してるだけ。